茶臼山古戦場跡は、大阪夏の陣で真田幸村が立てこもった場所です。
天王寺駅から徒歩約9分、標高26mの茶臼山に登ると、400年前の合戦に思いを馳せることができます。
茶臼山古戦場跡のすぐ隣には、住友家から大阪市へ寄贈された純日本風の林泉回遊式庭園である慶沢園があります。
慶沢園は入場料150円ですが、茶臼山古戦場跡を訪れた方は、慶沢園南門から入場料を払った後であれば慶沢園北門から再入園することができます。
慶沢園北門から茶臼山古戦場跡の山頂までは約3分です。
茶臼山古戦場跡と慶沢園は、大阪の歴史と文化を学ぶことができるおすすめの観光スポットです。
以下に、オリジナル写真で紹介しています。
「茶臼山古戦場跡」のまとめ(動画で紹介)
・筆者のInstagram「真田幸村の夢の跡/大阪夏の陣 史跡茶臼山及河底池」リールへリンク
「茶臼山古戦場跡」の説明
茶臼山古戦場跡は、大阪夏の陣の真田幸村の夢の跡です。
天王寺駅から徒歩約9分です。
茶臼山の標高は26mで和気橋からだと一つ目の階段、ニつ目の階段と登って約1分で登頂できます。
茶臼山登頂証明書もあります。
ここに来れば400年前の合戦に思いを馳せらすことができます。
看板 「茶臼山古戦場跡」より抜粋
慶弔二十五年五月七日(1615年5月7日)、紅の旗・吹貫であたかもつつじの花盛りのように群れなびかせた真田の赤揃が陣を構える茶臼山の真田幸村隊三千五百は、この日の正午過ぎ、徳川方最強の松平忠直率いる越前勢一万五千と激突し、真田の赤揃えと松平家の家紋のツマ黒が交互に入れ乱れる大阪夏の陣最大の激戦が茶臼山周辺で繰り広げられた。(大阪夏の陣 天王寺口の戦い)
数では劣る真田隊であったが、高い戦意と捨て身の攻撃で越前勢を突き破り、徳川家康の本陣目掛けて一文字に三度の攻撃を仕掛け、あとわずかで家康の首に手が届くところまで攻めるも、数に優る越前勢が混乱から立ち直り反撃を開始、しばらく茶臼山に拠って抵抗を続けた真田隊も越前勢の猛攻によって奮戦むなしく壊滅し、真田幸村も激戦を戦い抜いて疲弊し茶臼山の北にある安居天神で休憩しているところを越前兵により打ち取られる。
-真田日本一の兵、古よりの物語にこれなき由-「薩藩旧記」ー
看板 「真田幸村の名言」
「恩義を忘れ、私欲を貪り人と呼べるか」
「十万石では不忠者にならぬが、一国では不忠者になるとお思いか」
「定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候」
「関東勢百万も候へ、男は一人もいなく候」
真田幸村が討死した安居神社(〒543-0062 大阪府大阪市天王寺区逢阪1丁目3−24)は歩いて約8分のところにあります。
住友家から大阪市へ寄贈した純日本風の林泉回遊式庭園である慶沢園はすぐ隣です。
慶沢園南門から入場料150円を払った後であれば慶沢園北門から再入園できます。
当日初めての入園であれば慶沢園北門からは入れません。
慶沢園北門から茶臼山古戦場跡山頂へは約3分で行けます。
「茶臼山古戦場跡」の住所
・googleマップでの表記
大阪冬の陣徳川家康本陣跡・大阪夏の陣真田幸村本陣跡
・googleマップでの検索ワード
大阪夏の陣真田幸村本陣跡
or
大阪冬の陣徳川家康本陣跡
・googleマップで検索後の住所
〒543-0063 大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1
天王寺駅から「茶臼山古戦場跡」までの所要時間
天王寺駅から徒歩約9分
「茶臼山古戦場跡」の山頂


「茶臼山古戦場跡」の石碑・真田氏の家紋の六文銭

「茶臼山古戦場跡」の看板・錦絵

「茶臼山古戦場跡」の看板・真田幸村名言
「恩義を忘れ、私欲を貪り人と呼べるか」
「十万石では不忠者にならぬが、一国では不忠者になるとお思いか」
「定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候」
「関東勢百万も候へ、男は一人もいなく候」




「茶臼山古戦場跡」の看板・真田幸村という人

「茶臼山古戦場跡」の看板・大阪夏の陣配陣図

「茶臼山古戦場跡」の看板・英雄になった真田幸村

「茶臼山古戦場跡」の看板・茶臼山登頂証明書
「茶臼山登頂証明書」あります
・すぐ向かいの「一心寺存牟堂」で発行
・9:00~16:00
・登頂証明書発行料:100円/一部

「茶臼山古戦場跡」の茶臼山山頂から一つ目の階段へ




「茶臼山古戦場跡」の茶臼山山頂から一つ目の階段を下りた広場
「茶臼山古戦場跡」の看板・大阪夏の陣

「茶臼山古戦場跡」の看板・茶臼山古戦場跡
看板 「茶臼山古戦場跡」より抜粋
慶弔二十五年五月七日(1615年5月7日)、紅の旗・吹貫であたかもつつじの花盛りのように群れなびかせた真田の赤揃が陣を構える茶臼山の真田幸村隊三千五百は、この日の正午過ぎ、徳川方最強の松平忠直率いる越前勢一万五千と激突し、真田の赤揃えと松平家の家紋のツマ黒が交互に入れ乱れる大阪夏の陣最大の激戦が茶臼山周辺で繰り広げられた。(大阪夏の陣 天王寺口の戦い)
数では劣る真田隊であったが、高い戦意と捨て身の攻撃で越前勢を突き破り、徳川家康の本陣目掛けて一文字に三度の攻撃を仕掛け、あとわずかで家康の首に手が届くところまで攻めるも、数に優る越前勢が混乱から立ち直り反撃を開始、しばらく茶臼山に拠って抵抗を続けた真田隊も越前勢の猛攻によって奮戦むなしく壊滅し、真田幸村も激戦を戦い抜いて疲弊し茶臼山の北にある安居天神で休憩しているところを越前兵により打ち取られる。
-真田日本一の兵、古よりの物語にこれなき由-「薩藩旧記」ー

「茶臼山古戦場跡」の石碑・史跡茶臼山及河底池

「茶臼山古戦場跡」の茶臼山山頂から二つ目の階段へ



「茶臼山古戦場跡」の河底池の和気橋を渡る(茶臼山ー>慶沢園)





階段を上れば慶沢園北門






